『冠婚葬祭入門』はキッパリと断定した。〈元服は現代の成人式にあたるものと考えでよいでしょう。そこで、この本では、妊娠、出産から入学、成人式、さらに就職して社会に出るまでを「冠」にあてはめました〉冠婚葬祭マニュアルの「冠」の項に、妊娠出産と子どもの成長にからんだ行事が組み込まれるようになったのはこのときからだ。元服という忘れ去られた儀礼に由来する「冠」は、ここで新しい活路を見いだしたのである。「祭」も居場所のない行事だった。「祭」とは本来、先祖の祭祀である。年忌法要だけでなく、正月も節句も中元も歳暮も、日本の季節行事のほとんどは「ご先祖様を偲ぶ日」たった。しかし、ここでも『冠婚葬祭入門』の態度はキッパリしていた。〈最後の「祭」は、年中行事のことです。(中略)これらの行事は、家族だんらんの機会として、また親戚、知人やご近所とのおつき合いの潤滑油として、日本独特の役割を持つものだと思います〉「祭」の意味が「家族だんらんの機会」に転換していることに注意したい。いってみれば、これは「祭」からのご先祖外しである。と同時に家族主義の台頭でもある。高度成長期の冠婚葬祭を考える上で、これは興味深い転換である。「近代家族」という言葉をご存じだろうか。夫は外で働き、妻は家を守る性別役割分業家庭であること。子どもは二、三人。子育て中心の価値観。本当はもっと条件があるのだが、大ざっぱにいえば、サラリーマンの夫と専業主婦の妻と、子ども二人。そんな家族のことである。近代の工業化社会を背景に成立した家族の形なので「近代家族」と呼ばれるのだが、日本中の家族がそうなったのは戦後のこと。一九七〇年に五〇歳だった人、つまり一九二〇(大正九)年生まれの人たちは、近代家族をつくったはしりの世代だ。『冠婚葬祭入門』はつまり、「戦後の家族」の視点で、従来の冠婚葬祭を整備し直した点に特徴があったのだ。
正月七日に食べる「七草がゆ」。春の七草を入れたかゆで、昔から厄除けとして食べられてきたが、正月のごちそう続きで疲れた胃を休める効果もある。行事としては、松もとれて、ハレの日気分ももう終わりというけじめにもなった。春の七草は、地方によって多少の違いがあるが、一般的には、せり、なずな、ごぎょう、はこべら(はこべ)、ほとけのざ、すずな(かぶ)、すずしろ(大根)の七つで、いまは八百屋などでセットになって売られている。だが、別にこの七つにこだわらず、手に入りやすい、すずなやすずしろに小松菜、京菜、にんじん、しいたけなど、好みの青菜や根菜を加えてもよい。つくり方は、四人分なら、米一カップを洗ってナベに入れ、水七カップを加えて、ふたをして弱火で炊く。ナベは、行平ナベがあればそれを用いる。かゆを炊いているあいだに、丸餅四個をやわらかく煮ておく。七草は、熱湯に塩ひとつまみを入れてさっとゆで、冷水にさらして、水気を切って細かく刻む。かゆは、煮立ったところでふたを少しずらし、弱火で三〇〜四〇分ゆっくりと炊き、火を止める直前に塩を加えて味をととのえる。火を止めてから、最後に餅と七草を加え、さっと混ぜて出来上がりだ。餅と七草は、火を止める前に入れてもかまわない。
わを自分のほうに向けて、3分の2くらいに折って、大きいほうを下にしてひざの上にのせる。折り返しの長さに決まりはないので、ナプキンの大きさに合わせればよく、ナプキンが小さければ折らなくてもOK。食事中、口元はわの内側で拭き、外側に汚れを見せないようにする。女性は口紅が取れるほど強く拭わずに、そっと押さえる程度に。食事が終わってテーブルを立つとき、ナプキンの真ん中をつまみ、半分くらいの大きさによせてふわっとテーブルの上に置いて使用ずみと知らせる。きちんとたたむと「まずくて手がつけられなかった」というサインになってしまう。食事中どうしても中座するときのナプキンは、終了時と同じ形にして座席の上などに。テーブルの上以外ならどこに置いてもよく、椅子の肘かけや背もたれにかけてもいい。